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Tuesday, October 5, 2010

尖閣諸島

今更だけど・・・日本共産党はすでに1972年に日本の尖閣諸島の領有は正当であるとの見解を発表している・・・。



1919年には、中国福建省の漁民が魚釣島付近で遭難し、同島に避難した31人を住民が救助し、全員を中国に送還した。
この救援活動にたいし、中華民国の長崎駐在領事から、1920年5月20日に感謝状が届けられた。


感謝状のなかには、尖閣諸島がはっきりと日本の領土として記述されていた・・・。


1945年の日本の敗戦により、尖閣諸島は、沖縄の一部として、アメリカの軍事支配下におかれることになったが・・・。
日米の間で1971年6月に調印された沖縄返還協定が、1972年5月15日に発効したことにともなって・・・。
尖閣諸島の施政権は日本に返還され、今日にいたっている。


第二次世界大戦後・・・。
中国政府は、サンフランシスコ平和条約について、中華人民共和国が参加したものではなく無効という態度を表明した。
(1951年9月18日の周恩来外交部長の声明)が、尖閣諸島について、それが米国の施政権下に置かれ、日本への「返還区域」に含められたことは不法と主張するようになったのは、1970年代に入ってからである。戦後の25年間も、尖閣諸島については領有権を主張することはなかったのである。


しかも、1953年1月8日付の中国共産党機関紙、人民日報は・・・。
「琉球群島は、わが国台湾の東北および日本九州島の西南の間の海上に散在し。
尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、大島諸島、吐か喇(とから)諸島、大隅諸島など7つの島嶼からなっている」と、「尖閣諸島」という日本の呼称を使って同諸島を日本領土に含めて紹介していた。



日本の領有は国際法上も明白。

1895年の日本の領有宣言以来、中国側が75年間にわたって一度も抗議をおこなっていないことは、日本の領有が国際法上、正当なものである決定的な論拠の一つとなる。

ここまでの歴史がありながらの中国の姿勢・・・。

今回の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件・・・。

日本政府の腰の弱さと・・・。

中国人のずうずうしい国柄が、よく分かった事件です・・・。

このまま弱腰では、中国にどんどん侵略されてくのが、目に見えている。

僕が、どうこうできる問題ではないけれど・・・。

悔しいな~。

日本人の魂は・・・ドコへ行ったんだろう。

我が同士よ、決起せよ!!


と・・・こんな感じで〆ましたが・・・。

ムカついたので、つぶやいただけですw。

皆さんも、コチラでイライラをぶちまけてみては??


ではでは、さいなら~!!

あっ!明日からは、バイクBLOGに戻りますんでw。


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